10分で理解する契約結婚

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逃げるは恥だが役に立つ」(略称 逃げ恥)という漫画原作のTVドラマが、TBS系列局で火曜10時に放送中だ。
視聴率は15%を越える回もあり、めっきりテレビの視聴率が落ちた昨今では大健闘だそうだ。
私は、全話見ている。

本作は「契約結婚」をテーマにした物語である。
交際経験なしの独身男性エンジニア津崎平匡(つざきひらまさ)35歳と、大学院を卒業しながら正社員就職に失敗した森山みくり 25歳が、契約結婚という形で同居を始める。そこで巻き起こる人間関係のドラマを描いている。

平匡とみくりの間に結ばれる書面上の契約は、極めて細密だ。
みくりの家事労働は細かく規定され、そこに対して、時給が設定される。
すなわち「雇用契約」という特徴が、本作における契約の骨子である。

実は私は友人に勧められてこのドラマを観始めたのだが、最初に契約結婚と聞いた時「いや結婚が契約なのは法律上当たり前なのでは」と野暮なことを思ってしまったのだが、なるほど観てみると、雇用契約なのが、ポイントなのだと気づいた。

ここでは、その契約の良し悪しについて論じるつもりは一切ない。
私が今日、述べたいのは、物語における契約の結び方が極めて見事だ、ということなのだ。

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実は今日、とあるベンチャーキャピタリスト(以下VC)のAさんという方から、色々とVCの事業の内情を教わる機会があった。
私も今日初めて知ったのだが、VCの事業構造というか、利益を上げる方法はたった2つである。
1つは、管理報酬。もう1つは、成果報酬。
管理報酬とは、VCに対する出資者から預かったお金のうち、年間数%を管理報酬として受け取るものを意味する。
成果報酬とは、たとえば投資先の企業が上場したり買収されたりすることで「成功」したときに、元々の出資額を差し引いた上がり幅の20%程度を受け取るものを意味する。

細かい説明は省くが、要約すると、VCがお金を得るのは、普段の管理報酬と成功時の成果報酬の2つの組み合わせ、ということになる。

そして興味深いことに、投資したもののうち、かなりの割合では、その投資先は失敗するのだという。投資をする時点で、当然ながら成功に辿り着くことを期待はしつつも、失敗する割合のほうが高いことを承知の上で、ある意味で「金は返ってこない」覚悟で投資するそうだ。
逆に言うと、成功のケースでは、圧倒的に時価総額が大きくなっていないと、このVCの事業は成り立たない、ということでもある。
投資先企業についての成長度合い(株価の上昇)の期待値は、たとえば5年で5%とか10%とか程度の成長では全くお話にならないそうだ。
まるで畑違いの分野でサラリーマンをする私からすると、なんとも異なる感覚で事業をする世界だろうか。本当にビジネスの世界は広く、深い。

さて、VCとして数多くの起業家に出会い、その内のいくつかには投資をしてきたAさんの目から見て、成功する起業家は、そうでない起業家と何が違うか、というお話を聞くことができた。
Aさんの挙げたポイントは色々あるが、今日はその説明がメインではないので、「契約結婚」に繋がることを1つだけ述べたい。

Aさん曰く
ステークホルダー(利害関係者)を認識して行動できない起業家が結構いる。それでは成功は難しい。」
ということだそうだ。

たとえば、起業家が投資を受けたいと思い、VCを目の前にしたときに。そのVCの人だけを説得しようと思っても、不十分ということである。
VCに対しては、たとえば出資者という、裏のステークホルダーがいる。そこに対して、VCがきちんと説明できるように、自分の事業に対する根拠なりを説明できないといけない。

あるいはまた、起業家が優秀な社員を採用したいと思い、社員候補を目の前にしたときに。彼または彼女だけを見て、入社してくれ、と説得しても不十分だ。
仮にその社員候補に家族がいる場合、家族が裏のステークホルダーになる。その社員候補の人が、家に帰って配偶者や子ども、親など、重要な家族メンバー達に対して、その起業家や企業の魅力を説明して、入社することを納得させられない限り、彼または彼女は入社してはくれない。そういう説得を家族にできるようになってもらうべく、社員候補に対してビジョンや仕事内容、待遇などを説明しなくてはならない。

この話は非常に面白かった。

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さて「逃げ恥」に話を戻そう。
平匡とみくりは、契約結婚を結ぶにあたり、双方、契約内容をよく確認して、完全な同意のもとで契約した。
ここまでは雇用契約の当事者同士として、ごく当たり前な必要行為と言えるかもしれない。

しかし彼らが見事なのは、その後、双方の両親に対して結婚報告するというプロセスまでをすぐに完了させてしまったことである。
世の中で結婚として扱われる「法的な家族契約」を成立させる上で重要になるステークホルダー(=双方の親)を早々に納得させてしまったのだ。
(ただし、ドラマのストーリーの肝として、家事の対価として報酬を払う意味での雇用契約であることは、それぞれの両親には隠したままではある)

私は原作漫画を読んでいないので、このドラマがどういう結末を迎えるのかは知らないのだが、おそらくは2人は本当の意味での「法的な家族契約」の結婚をして、幸せになるのであろう。
漫画&テレビドラマだもの、ロマンがないとね(笑)。

だがその法的な結婚契約に至るとしても、上述のとおり、ステークホルダーの説得を、契約プロセスの遥かに手前で完了させているので、そこは安泰なわけなのだ。
あとは結局、恋愛感情のないままに始まった2人の関係に、相思相愛の感情が生まれるだけの話だ。そして、互いに法的な結婚をしたいと思えば、あとはもう結婚届にサインして役所に出せば、めでたしめでたし。

今ドラマは8話まで終わったが、はっきり言ってもう相思相愛もだいぶ度合いが進んでいる。せいぜいあとは、小さな波乱があって、それでも最後には結婚して終わるのだろう。

世の中を見渡すと、本当に激しい恋愛感情から始まってしまった関係というのは、上述の平匡とみくりが早々に完遂させたステークホルダーに対する説得を怠っているケースが散見される。
いわゆる、昔でいう「親に理解されないから駆け落ち」みたいなケースだ。
これは、生存戦略上、非常に残念だと言わざるを得ない。

現代日本では、個人金融資産の多くの割合を、高年齢層が保有している。
経済統計をまとめたWeb記事によると、

「二人以上世帯の総貯蓄の7割近くは、60歳代以上の世帯だけで有する」

とのことである。 (*1)

駆け落ちして、双方の両親から絶縁されると、貧乏な若者は、自力のみで家計を維持しなくてはならない。また子どもが生まれたときに実家に頼るというような、人的リソースの活用も難しく、それは結局のところ当人たちのみならず、子どもの貧困、不幸につながっているのではないか。

もっというと、激しい恋愛感情というのは長続きしないことが心理学の研究で明らかになっている。強烈な感情を、徐々に愛着感に置き換えていくことが、2人の関係を長く、幸せなものに続けていくコツと言われている。愛着感が作れない場合、強烈な好きの気持ちが消えると、そこに残るのは、相手に対する怒りや不満、それだけになってしまうだろう。
激情に始まった恋が、幸せな結婚生活に繋がらず、破局を迎えることには、科学的な説明がつくのである。 (*2)

一時の激情で結婚し、そして双方の親というステークホルダーに対する説得を放棄してしまうことが、ひょっとして貧困を生む家庭の一因なのではと思ったりもする。

それに比べると、逃げ恥の契約結婚は、なんと見事なのだろうか。
ただの雇用契約で始めた同居なのに、ステークホルダー(双方の親)の説得が終わっている。そして、互いの心の中で、同居を通じて、恋愛感情と愛着感を、なんと並行して育てていくことができるのだ。恋愛から結婚というプロセスで、多くのカップルが苦労するであろう、激情から愛着への置き換えが、不要なのである。

しかも、本作では、相思相愛でエンディングを迎えそうだが、仮にこれがそうならずに雇用契約終了で終わったとしても、ほとんど失うものがないのである。
がっかりするのは、平匡とみくりの両親くらいのものだが、逆にそこががっかりするくらいなのである。
なんというリスクに対してのリターンの大きさなのだろうか。
ココまで来ると、もはや契約結婚以外はしないほうがいいんじゃないかという気さえしてくる。

契約結婚からの結婚というのは、生存戦略としても、幸せになる戦略としても、見事だ。

正直に書こう。
私も、契約結婚がしたい...。
というか新垣結衣がかわいすぎる...。
新垣結衣契約結婚がしたいです...。

 

(*1) 

世帯主の年齢別貯蓄総額分布をグラフ化してみる(2016年)(最新) - ガベージニュース

(*2)

人はなぜ恋に落ちるのか?―恋と愛情と性欲の脳科学―