糸井重里さんにお会いして、岩田聡さんのことをお話しした

昨日、表参道にある、ほぼ日のお店TOBICHIを初めて訪れた。
『抱きしめられたい。』発売記念小さいことば堂 2016 というイベントに参加するためだ。 (*1)

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そして、糸井重里さんに初めてお会いした。
最新のほぼ日の本『抱きしめられたい。』にサインをもらって、少しお話して、一緒に写真をとってもらった。

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ほぼ日は、私はある目的のために訪問するサイトである。
具体的に言うと、私は岩田聡任天堂前社長)さんの物語を知りたくて、ほぼ日を読んでいる。

岩田さんと糸井さんはともだちだ。
もともと、広告の分野で仕事をしていた糸井さんがゲームをつくろうと思って立ち上げたMOTHERのプロジェクトから、お二人の仕事人としての繋がりが始まった。
そしてスーパーファミコン用ソフトMOTHER2の開発が暗礁に乗り上げたとき。ピンチに現れたのが、当時HAL研究所の社長だった岩田さんである。苦悩する開発陣を目の前にして、いまや伝説となった「このまま作り続けるなら2年かかるが、1からやり直すなら半年で作れる」という話を伝える。

せっかくなので、ほぼ日に掲載されている岩田さんと糸井さんご本人の対談から引用しておきたい。 (*2)

─現場でそれまでできたものをチェックした岩田さんは、糸井重里に向かってこう言ったそうです。これをこのまま‥‥。
糸井「これをこのままつくるなら2年かかります」
─しゃべるならぜんぶしゃべってくださいよ。
岩田「ええとね、私の記憶によると、とりあえず、その時点では完成する流れになってなかったんですね。で、まず『このままではできないと思います』って糸井さんに断言したんです。」
─うわぁ。
岩田「『よければお手伝いしますが、つきましては2つ方法があります』と。そこで、そのことばになるんですね。『いまあるものを活かしながら手直ししていく方法だと2年かかります。イチからつくり直していいのであれば、半年でやります』と。」
糸井「かっこいいだろう? 」

かっこいい。あまりにもかっこいい。
頓挫しかかったプロジェクトの現場にさっそうと現れた救世主が、こんなことを言ってくれたら。
困っているプロジェクトメンバーは、どんなに救われたことだろう。

結果、それまで4年の期間をかけても完成に進むことのなかったプロジェクトは、岩田さんが加入してから後は1年で開発を終了させ、1994年には販売にまで漕ぎ着けた。
国内でも多くの人がMOTHER2をプレイしたが、アメリカでも翌1995年にはEARTHBOUNDとして発売され、熱狂的なファンを生み出している。 (*3)
今なお、もっとも好きなゲームのひとつに、本作の名を挙げる人も少なくない。

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岩田さんは2015年7月11日、55歳の若さでこの世を去った。

数々のプロジェクトを共にした仕事仲間であり、そして最もこころ通じあった友人でもあった糸井さんのくるしみはとても大きく、その頃の糸井さんの発信には、岩田さんへの思いが強く、何度も出てくる。

私自身、岩田さんに多大な影響を受けた。人生の方向性を導いてもらったと感じることは一度や二度ではない。
岩田さんが亡くなったとき、自分の中の一部がもがれるような感覚に陥ったことは今でも鮮明に思い出せる。

あれから、まもなく1年半が経とうとしている。

昨日、はじめてお会いした糸井さんに、私はこれまで岩田さんの言葉を伝えてくれたことへの心からの感謝と、これからも、岩田さんのことを発信し続けていただけたらうれしい、と伝えた。
糸井さんはやさしい笑顔で、話を聞きながら、うなずいてくれた。

誰も、あの少し甲高くて早口で、温かみのある声を生で聞くことは、もうできない。
けれど、深く知るひとが紡いでくれることばを聞き、目をつむることで、心の中でいつでも会うことができる。 (*4)

ひとのいのちは限りがある。だからこそ、ことばを胸に刻んで、語りつぎたい。

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