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愛は金より出る 〜逃げ恥最終回直前 勝手に大予想スペシャル〜

明日最終回を迎えるドラマ逃げ恥。

その前に、今時点で触れといたほうが楽しそうなことに触れておきたい。
っていうか、ただのストーリーがどうなるかの予想!
なお、原作漫画は一切読んでない。(*1)

【平匡解雇問題】

あれだけ優秀な平匡さんなので、速攻、転職先がみつかるでしょう。でも、それだとあんまりおもしろくないように思う。
むしろ失業保険をもらって、あえてその間は転職活動をせず、みくりさんに家事を教えてもらいつつ、逆にみくりが商店街盛り上げ計画をがんばるために毎日外に出ていく、というオチのほうがおもしろいかな。

【ユリちゃんと風見さんと広告会社の子持ちのおじさんの関係】

前回、風見さんにグイっと迫られてドキドキが止まらないユリちゃんですが、大学時代から知り合いのおじさんともデートを続けているわけで、そっちの線も消えてない。最後どうなるかだけど、風見さんに対しては多分「あなたと恋人になることはできない」と告げて、でも別におじさんとすぐどうこうということもなく、しばらく今までどおりのユリちゃんで居続けるのではないか。あまりおもしろくないかもしれないが、主人公の物語のクライマックスを奪っちゃうわけにもいかないし。
ただ、この逃げ恥人気だと、スピンオフの後日談ドラマ「ユリちゃん外伝」とか作られる可能性は30%くらいありそう。

【結局、平匡とみくりは結婚するのかどうか】

するでしょ!さすがに。12月2日のブログでかいたとおり、ステークホルダーの説得が完了しているので、このまま結婚するかどうかは平匡とみくりが決めればいいことだから。
前回持ち上がった「愛情の搾取」これが解決すれば、契約結婚から、戸籍上の結婚に変わることができるはず。
愛とは何か? 金とは何か? 搾取とは何か?

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さて、逃げ恥は、みくりの妄想全開のキュンキュンドラマのフリをして、結婚という制度と慣習に対する根底からの問い直しを入れているのが、すごいなーって感じる。

守旧的な「旦那は外で働いてお金を稼ぎ、妻は家で家事(と子育て)をするから金銭的価値は生んでない」という通念に対するアンチテーゼ、というだけに留まらないわけです。それはかつて、けっこう出された話であるし、そもそも平匡も最初から金を払ってみくりを雇う時点で、家事に経済的価値が発生していることに疑問を持っていなかったという意味で、じゅうぶんに現代的な労働と家庭に対する感覚を持っていたわけなので。

逃げ恥のスゴいところは、ほんとに結婚しようとなったときにみくりのほうが「金銭という対価のない家事は搾取だ」と言い切れてしまうところであり、かつそれを聞いた平匡がおそらく最終回にはその論理を受け入れるであろう、という文脈がごく自然に成り立つということまで含めて、時代の風を正しく読み切った物語の作り方をしている、というところかと。

私たち人間は、進化の過程で、「不平等嫌悪」と呼ばれる心理的な選好を持つようになった。よーするに、不平等な取引を押し付けてくるヤツを見抜き、俊敏に反応し、そいつを懲らしめるような行動を取りたがる、ってはなしである。(*2)

これは男女のペア(短期的な恋人ではなく、長期的・継続的な関係の)においてもたぶん通じる話だと思われる。そして、お金という概念とシステムを人類が手にする前から、この選好は進化してきたはずなので、お金に限らず、なんらかの不平等嫌悪が私たちにはあるとも考えられる。

その本質を扱う行為、ならび状態として、逃げ恥における「搾取」が出てくると考えると、色々すっきり。

愛情というものもまた、目に見ることはできないけれども、人間のこころというすぐれた計測装置は、ある程度は正確に、それをはかれる。誰の愛情がどこに向いているか、自分にはなんの愛情が注がれているか。これを正しく測定して、行動に活かすことは、生き延びるうえでとても大事だっただろう。適切に愛されないと、生きられないのだ。

無力で、かわいい赤ちゃんが泣いて周囲の人間にギバー的ふるまいを求めて自己の生存を達成するようできていることを考えてみる。これは、そもそも細かい計測(それは赤ちゃんにはまだ難しい)ナシでも、愛情が一定量注いでもらえるように設計された、いわば良くできた自然の贈り物なのだ。
だが、だんだん成長するにつれて、ギバーの愛情を注がれる側から注ぐ側に回っていかないと、結局自分もコミュニティで居場所がなくなってくる。
現代はお金と市場のおかげで、ギバーでなくてもお金さえ獲得していれば生存そのものはカンタンになったけれど、一方で、コミュニティ&コミュニケーションに対して自らをコミットさせて、愛情を提供できるひとになるためのトレーニング機会を積めないままのひとも増えたのではないかと、データはないがそう思ったりしている。

平匡も、いや実はみくりのほうも、そういう意味では愛情の効果的な注ぎ方と受け取り方、増やし方をあんまり分かっていなくて、それはこれから2人で、あるいは増える家族を含めて、だんだん身につけていくんじゃないかと思う。
しかしその最初の一歩は、雇用契約としての「時空間の共有」にあったわけであり、結局のところ、お金以外の価値も、始まりはお金の副産物から生まれてきた。そこもまた、パンチが効いた物語の設計だなと思うのだ。

さあ! 明日はテレビの前で正座だ諸君!
しかし私は足が痛くて正座なんてできないので、ベッドでごろんとしながら観る予定だ! いいだろう!


*1

kisscomic.com

*2

不平等嫌悪 - 脳科学辞典