ほぼ日に学ぶ、自由と慣性の組織。

組織の中でパフォーマンスを出すためには時間がかかる。
と思うのだけど、これは先入観なのだろうか。

ぼくは、いまフリーランスで働いている。
ビジネス、マーケティングに寄った仕事。
そして、経験のない仕事も多い。

こうなってくると、結局多くのことを周りのメンバーに聞くしかない。
聞かないで済まそうという意識はない。
聞いて聞いて学んでの繰り返しで、知見を貯めていく。

そうやって貯めた知見は、もちろん仕事をするための知識であることも多い。
ただし、仕事のアウトプットの水準、早さを決めているのは、その話を聞く相手に対する関係性の構築にあるのではないかと感じる。

良い関係が作れたら、仕事は早くて、質も上がる。
関係性を築けていないと、仕事には時間を要するし、質も上がっていかない。
不幸な関係になってしまうと、一切話を聞かずに目先の仕事は済ますが合意ができておらず出し直し、やり直しで負荷がかかり続ける苦しい仕事になる。質はもう目も当てられない。

良い関係、ということばが定義があいまいなので補足する。
ぼくが考えるに、「オープンなマインドで、すぐ仕事に必要と感じる質問、そして必要でないが楽しめる雑談を、相互に繰り出せる関係」が、良い関係だと思っている。

f:id:startselect:20170710012321j:plain

と、ちょうど今、「ほぼ日」の組織研究の記事を読んでいたら、ぼくが思っていたことの本質がすでに言語化されていた(笑)。 (*1)

ひとことでいうと、ほぼ日では、雑談と会議を分けていない、ということ。
外部の人から見ると要点の得ないように見えるただの雑談が、ユニークな商品開発に繋がっているという。

このほぼ日の組織について、筆者は「環境構築自体に多大な労力がかかっている」と分析している。
ぼくもそう思う。
一朝一夕で、こんな組織が作られるわけがなく、また長くその微妙なバランスの心地よさがほっておいて保たれるものではないということを。

これがぼくが冒頭で述べた「時間がかかる」ことのひとつの究極系なのかなと思う。
逆にいうと、ただ「雑談を奨励する」とか「フラットな組織にする」とか「人材の交流をはかる」とかのお題目を掲げるだけでは、全然ユニークなものが生まれる環境にはならない。

厳格なルールで縛る、でもなく。放任主義で価値あるアウトプットがなにも出てこない、でもなく。
「自由と慣性」を、温泉で浴衣を羽織るかのような肩の力の抜け具合で、日常化する。意識をせずに「感性の対話」を続けていく。

それができる環境としての会社組織とは、なんて素敵なところなのか。
唯一の正解ではない。再現性は低い特殊解かもしれない。
でも、その環境に学ぶことの価値は、企業人であろうがフリーランスであろうが、いや家庭にもローカルコミュニティにも、多々あるのではないか。


*1 www.dhbr.net