歯のメンテナンス行動を続ける鍵は、死への見積もり?

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4ヶ月ぶりに歯科に行った。
こう書くと、歯科通いをサボっている人みたいだけど、予防メインの定期チェックとクリーニングではある。
幸い、虫歯は発見されなかったが、歯科衛生士の方に、いろいろとご指摘はいただいてしまった。

・歯間ブラシを通しましょう!歯磨きより大事です。
デンタルフロスをしましょう。今はまだ若いけど歯周病は忍び寄ります。
・マウスピースをして寝ましょう。歯ぎしりで歯がボロボロになります。
(注、無論これらは私に当てはまる指導であって、すべての人にそうだというものでない)

すべてごもっともなのだけど、ちっともできていないワタシ。
頭では歯のメンテナンスとして科学的、合理的な手法をとるべきと理解しているつもりが、日々の行動には落とし込まれていない。
反省しつつ、これは反省するだけ案件を繰り返しかねない。それは一番意味がない。

なぜ問題は繰り返されるのか、もう一段深く考えてみることにした。

私は頭では予防的歯科衛生の取り組みを理解したつもり、ではあるが、それが感情レベルでの刷り込みになっていないのだ。

思考実験。
たとえば、横断歩道の赤信号で右も左も見ずにわたる人がいるだろうか?(子供ではなく、成人であり、アルコールの影響などはないと仮定する)
多分、そんな人はいない。右左をみて、車がいないことを確認して信号無視はするかもしれないが、それは逆にいうと、信号が赤でも、車さえいなければそこを渡る、という行為が安全に遂行されることを無意識レベルでよく理解して、行動に組み込まれていることになる。
それはなぜか? 車にはねられたら、死ぬからだ。

はねられて死んだ人間は生きていないので、結果死ぬことなく生きている人が標準となる。それはつまり、きちんと車が来ないときに渡る人ということになる。ではなぜはねられたことがなくても、はねられないようにちゃんと車を警戒するかというのは、「はねられたら死んでしまう」というリアルな恐怖が感情にしっかり組み込まれているからだろう。
もちろん、現行人類の種の誕生時点では車は存在しないので(バカバカしいことを書いているが)人間の赤ちゃんが生まれた瞬間には、車を死の恐怖をもたらすものという認識は持っていないはずだ。
親や、まわりの人間の教えであるとか、自分の目でみて、車の破壊力を推測したり、あるいは車による事故の映像やニュースの情報を繰り返し取り込む中で「車にはねられたら死ぬ、怖い、避けないとやばい」が定着すると考えられる。

だいぶ話が踊ってしまった。予防歯科の話に戻ろう。
いま、歯のメンテナンスを毎日きっちりやらなくても、私は死なない。リアルな恐怖を持つことができない。
でも、このままで歯の日々のメンテナンスをやらないでいると、10年後か20年後かに、悲惨なことになっているのだろう。そして、それは後戻りが効かない。
再生医療が進歩している可能性があるとしても、それもあくまで可能性でしかないし、医療保険が適用されて私が使える額、使えるキャパシティがあるものか。それは分からない。甘い期待はしないほうがいいだろう。

放置すると未来に高い確率の悲劇を予防するための今の日々の取り組みをするには、未来の悲劇をリアルに今、恐怖することが必要なのではと思う。

ではどうするか。
VR機器などを活用した体験で恐怖を作ることもひとつかもしれないし、演劇などの様々な手法で恐怖を作ることもできるのかもしれない。しかしそれも、なかなか確立された手法があるとは聞いていない。
今思いつく中で一番良さそうな方法は…死の意識をもつこと、かもしれない。これは上述の話と矛盾するようだが、実はそうではない。
自分が不慮の死ではなく、ある程度納得の行く死の姿を迎えること。良き死をむかえるためには、良き生が必要であり、それには歯の健康問題で煩わされていない自分、をリアルに描くことである。すなわち死への適切な見積もり。

その自分を達成するには、いま歯をメンテナンスすることがその唯一無二の道だ、という「強い」自覚が生まれたら、何かに背中押されるように毎日、ちゃんと歯を手入れするはずだ。

と信じたい。
そうなりたい。

最後に歯のメンテ方法について話をもどすと、歯間ブラシもただ使えばいいものではないようなので、念のため。(*1)


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【医師監修】使いすぎには注意!歯間ブラシの選び方と使い方 | ヘルスケア大学