負債なき毎日をつくる

毎日ブログを書く企画を、9日間とめていた。とんでもないサボりである。

なぜサボる事になったかの説明から入りたい。
14日から16日まで、イベントの参加のために北海道夕張市に出かけた。イベント、そしてそこに生まれたコミュニティのつながりはとてもエキサイティングだった。しかしながら、ブログを書くのは完全に忘れていた。いや、忘れていたわけではないのだが、自分の行動の中に入ってこなかった。

17日から19日までは札幌にいた。ここでは多少は時間はあった。しかしながら、3日間ブログを書かないでいたら、自分のなかに「まあいいだろう」という言い訳の余地が生まれた。そしてそいつは肥大化した。なんなら、ブログを書かないといけないという意識さえも侵食し、ぼくの意識世界の中からそれを押し流していった。

北海道から東京に戻ってきて、さすがに書かねばならないと思った。しかしこのときになると、負債の大きさが行動開始をブロックしてしまうことに気づいた。つまり、もうすでに6日分の負債があるので、14日のぶんのブログを書き始めても、今日に追いつくのがとても遠いことがハッキリしてしまうのだ。こうなると、人は行動できない。「やっても終わらない」という無力感の想像が、行動を阻んでしまうのだ。
かようにして、20日から22日までも時間は過ぎていった。ブログは、メモ程度には書き綴ったが、とても公開までにたどり着かなかった。

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なんらかの理由で、一度負債に追われるサイクルにはいると、人は行動できない。人は。少なくとも、私に関しては。ここを痛感させられた。

思えば、中高生の頃の夏休みの宿題もそんな感じだった。日にちに分割しての達成計画、とはとても言えないが、なんとなくスケジュールの青写真はイメージするが、まるで行動は伴わず、本来やるべきだった日の分の負債がたまり続ける。本当に40日間に分割できれば楽勝にタノシイ夏休みが送れるはずが、そんなことをできたためしは一度もなく。8月25日頃から絶望感に浸りながら宿題に手を付ける。ああ、今思い出してもどんよりした気持ちが蘇る。

負債をためたら、詰む。
しかし、理想の計画を当初に引くだけでは、負債なき実行を続けるのは難しい。

僕の中で、これに対する答えのアイデアは。
死ぬまでを生きる。その生き方の中で、それを日々やることの本義を「引き受け」る。そこにたどり着くように、自分で演じ続ける。それを楽しむ。

それをやるんだ。

ブログを毎日書かなくてもいいけど、毎日なにをやるかは、それが人生を決める。なにより、それが人生だよねって。
そう囁く自分を存在させる。