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オプションB:喪失が物語となり、私達が立ち直るとき

Facebook社COO(最高執行責任者) シェリル・サンドバーグと、組織心理学者アダム・グラントの共著 「OPTION B(オプションB)」 が、静かな話題となっている(2017年7月刊行)。

2015年5月1日、休暇旅行先のメキシコで、シェリル・サンドバーグは夫デイブ・ゴールドバーグを失った。享年47歳。エクササイズ中に倒れての急死だった。
その瞬間から彼女は、深い喪失の旅に引きずり込まれた。

押し寄せる悲しみは、時間と場所を選ばず彼女を責め立てる。世界一利用者の多いSNS企業のCOOであり、各界から尊敬を集めているリーダーは、集中して仕事もできないほどに不安定で、辛さを抱えこんだ精神状態になっていた。

その彼女が、いかにして喪失に向き合い、それを受け容れ、回復していったか。その経緯に起きた出来事、そこで感じた思いを余すことなく綴った、極めて個人的な物語。それが本書の概要である。

この物語の大事なところは、一言で要約できるようなものではないので、関心ある方は一読、と言わず、三読くらいをオススメしたい。既に読まれた方も、読み返すたびに発見があるのではと思う。

私自身は、彼女の前著 「LEAN IN」 (2013年刊行)も読んだことがあり、本書が周りで話題なので、さらっと読んでみようと思い、パラパラと気楽に読み始めた。
だが、読み進めるうちにテクストの重力に引き寄せられ、心がページに張り付いたようになってしまい、とても気楽には、読み切ることができなかった。何日かに分けて、深海から水面に上がって息継ぎをするようにして、ようやく読み終えることができた。

紙の単行本については、見た目は全然分厚くない。それに、文章に専門用語を使っているわけでもない。なのに、読み進めるのに使うエネルギーが非常にたくさん必要な本だった。
でも、それだけの深み、そして温かみのあるインサイトを、受け取ることができた。
濃い、読書体験だった。

本書のタイトル「オプションB」とは、最善ではなく次善の選択肢を意味する。もう最善が選べないなら、次善を「使い倒そう」。これが、本書のコア・メッセージの1つである。
読み終えた今、このタイトルにも、そのメッセージにも、大いに頷いている。

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ただし「悪いことが起こるのを予期して、選択肢を備えておきましょう」という読解をしてしまうと、それは多分、著者の意図とは違うかな、とは感じる。

夫を失う前の彼女に、たとえ彼女から信頼され尊敬される人であろうとも「夫を失ったときにはどうしますか?」という問いを彼女に投げかけたところで、彼女は変わるだろうか? おそらく何も変わらなかっただろうし、場合によっては「なぜそんな質問をするのか」という不快感さえ持ってしまったかもしれない。
行動経済学の観点からは、これは「保有効果」で説明がつく部分もあるだろう。最高の夫を持っていて、それが失われる状態というのは極めて精神的なショックが大きい。それを想像せよといわれたら、聡明で楽観的な人であっても、いやそうだからこそ、難しいものではないだろうか。楽観的だからこそ、今を大切にして、普段の「最高」を相手との関係の中で、たくさん感じられる、とも言えるわけで。

というわけで、大事なのは、喪失が起こった後である。

本書で印象に残ったポイントは、彼女が夫を失ってまだ悲嘆の中にいたときに知ったという、以下の考え方である。

苦難からの回復を妨げる3つのPを知ること。それは自責化(Personalization:自分が悪いのだと思うこと)、普遍化(Pervasiveness:あるできごとが人生のすべての側面に影響すると思うこと)、そして永続化(Permanence:あるできごとの余波がいつまでも続くと思うこと)である。

この知見は、心理学者マーティン・セリグマンの研究結果から来ているそうだ。

自分が3つのPに囚われていないか、というメタ的な視点を持つことで、確かにそうなっている自分を見つけ出し、そこから出ていく方法にトライすることが選択肢に上った。彼女はそれを選択して、成功した。その先に、回復の道は開かれていたのだった。
この視点こそが、オプションBのカギだ、と私は思う。

「最悪」とは字義としては「一番悪い」ということを指す。だが、この「一番」はどうやって決まるのか? 実はこれは、客観の目は何もなく、溢れる情動の結果、瞬間に生じる極めて主観の解釈なのではないだろうか?
悲しみに包まれたら、どんなに理知的な人であっても、理性と客観はどこかに消え去ってしまう。私達が祖先から受け継いだ、原初的な情動のパワーはそれほどに強い。
ここに関して、心理学者ジョナサン・ハイトは著書 『社会はなぜ左と右にわかれるのか』 の中で、象(感情)と乗り手(理性)という巧みな比喩を用いて説明した。つまり、感情という象が暴れてしまったら、理性たる乗り手がどうにかするのは、極めて難しいのだ。

しかしながら、悲劇に見舞われても、それですなわち、私達が24時間365日、暴れる象(コントロールできない情動)に飲まれてしまうわけではない。もし、そのような性質を人間が持っていたら、理で動く文明社会を築くことはできず、とっくの昔に絶滅していたであろう。
社会、コミュニティを作り、その中で言語による対話や、非言語的なぐさめ(抱擁や寄り添い)という方法を使うことで、情動を攻撃的なものや拒絶的なものから、時間をかけて他者志向に発揮させる方向にシフトできるようになってきた。そこに理性を上乗せして、モチベーションを「つくること」のために加速前進させた。
だからこそ、人間は文明を持ち、発展させることができた。と、私は思うのである。

彼女は、この物語を通して、人間に内在している、しかしながら事態が起こるまでは存在が見えてこない「最悪から立ち直る装置」を起動し、効果を発揮させていく経過を隠すことなく語った。
「最悪」を「最悪」でなくすことができることを示し、「最善」がなくなったとしても「次善」を心から受け容れることができるようになることを示した。
それに関する一連の「科学」が充分に存在し、プロセスにおいて最大限に役に立てられることを、身をもって伝えてくれた。

人は誰でも、立ち直る装置を使うことができる。大切な人を失うことを過度に怖がらなくてもいい。そして、悲劇が起きた時にも、世界が終焉したと決めつけなくてもいい。
失った時から始まる世界。たとえその時点では闇にしか見えなくても、必ず光の差す日はやってくる。

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ただし、辛いようではあるが、ただ喪失の発生点にずっとうずくまっていても、闇夜から抜け出すことは難しい。喪失から少し時間が立てば、人間が本来持つ回復力、すなわち「レジリエンス」のエンジンが再始動し、顔を上げることはできるようになる。
そのタイミングで一番大事なことは何か?
それは、自分の過去からのよき友人と、自分の痛みに共感を持つ新たな知人、これが手を差し伸べてくれること。それもまた本書に通底するメッセージだ。

どうしたら、そのような友人、知人を持つことができるのか?
これこそまさに、共著者アダム・グラントが自著 『GIVE & TAKE』 (2014年刊行)で示してきたことにほかならない。「与える人」(=Giver)であること。与える人は、窮地に陥った時、それまでに作ってきた「与え合い」の相手から助けがもらえるものだ。というよりも、与える人どうしの関係であれば、心底から苦しむGiverとしてよく知る友人を助けずにはいられないだろう。

彼女の場合、少女の頃からの深い繋がりを持つ仲間、また社会的な活動を通じて作ってきた知人や、また初めて出会う人との関係のなかで、レジリエンスを発揮し、自らの回復を成し遂げた。また、それとともに、その過程で出会った、喪失に苦しむひとに対しても、最初は接し方に迷いながらも徐々に「Give」していった。

それは彼女がFacebook COOという地位に居たからできたことなのだろうか?
彼女も認める通りで、それも関係はゼロではないかもしれない。だが、彼女がGiverであることは彼女がFacebook COOであることの前提であって、結果ではない。

夫のデイブ以外でだれよりも、彼女がGiveし続け、そして喪失のあとでの立ち直りを支え、Giveしてくれたのは誰か?
ふたりの子どもたちである。
父を急に亡くすという切実なる悲しみ。それに子どもたちが向き合いながら、母とともに「オプションB」を選び、受け容れ、前に進もうとする過程が本書では丹念に描かれている。

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本書で私が「いちばん」好きなエピソード。それは、喪失の後、彼女が子どもを励まそうとしたときの出来事だ。
伝えようとしたメッセージを、子どもの言葉と行動を通して、すっかりそのまま、子どもから自分が受け取るということが起きたのだ。
彼女とデイブが子どもたちに注ぎ続けた愛。驚くべきことに「子どもからの慈愛」として、それは形を変えて、時を超えて、彼女に贈られた。

親は子に一方的に与えているようで、実は子から大いに与えられ、救われている。
これもまた、本書の素晴らしいメッセージのひとつだ。

生き抜くこと、そして、ひとを愛することを大切にしたいと願う、すべての方に。おすすめの一冊。


以下、本記事で紹介した各書籍の紹介(Amazonへのリンク)

OPTION B(オプションB) 逆境、レジリエンス、そして喜び (単行本)

OPTION B(オプションB) 逆境、レジリエンス、そして喜び (Kindle版)

LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲 (ハードカバー)

社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学 (単行本)

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)