新海誠さんは、新宿と空を愛し続けながら、巨大装置とモヤモヤからシフトしていった?

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新海誠監督の映像作品をぶっ続けで何本か観ていた。

ほしのこえ(2002)
雲のむこう、約束の場所(2004)
秒速5センチメートル(2007)
言の葉の庭(2013)
(*1)

ぜんぶ初見。「君の名は。」で2016年秋に初めて新海作品を観た私は、新海指数0.1くらいの付き合いの浅さであることは先に告白しておこう。

それらを観終わって、思ったことは以下の5つである。

1.新海監督は新宿が好きらしい。

なぜかどの作品でも、新宿が重要な場所や起点として出てくる。君の名は。でもそうだった。かなり思い入れがあるんだろうなあ。

2.新海監督は雲、空、天気、宇宙が好きらしい。

雲、空、天気が重要なものとして描かれるが、加えて宇宙もだいぶ好きな気がする。最初のほうの作品はまんま宇宙だったが、日常場面が中心の作品でも、なぜかちょいちょい宇宙なネタが写り込んでくる。物理的な高さ、そして人智の届かぬ領域がもつ魅力を描くのが好きなのかもしれない。

3.新海監督は年を重ねるにつれ、巨大な舞台装置に飽きたんじゃないだろうか。

初期作品は、ロボットとかオーバーテクノロジーとかが満載の戦争みたいな、国家スケールでの巨大な舞台装置を使うことが、作品を描く上で切っても切り離せなかった。だが、秒速あたりから、国家スケールをまとう舞台装置がほとんど出てこない。単純にこの人は飽きちゃったのではないかと思った。飽きない作家もたくさんいる、というかそのほうが多い。

4.新海監督は、モヤモヤより明示的な感情を描きたくなったんじゃないだろうか。

上にも繋がるけど、初期作品は、観ている私を完全に置き去りにするような意味のわからないモヤモヤがあふれているが、言の葉の庭では、だいたい分かりやすい感情しか描かれない。それを描きたくなった、というのは作家性の変化?

5.君の名は。が分かりやすい話になったのは必然だった。

私が君の中は。を観てしまっているので、ただの後付バイアスといっても間違いはないが、そのうえで書く。上述1-4の新海監督の特徴について、変わらないもの(1 新宿 と 2 雲、空、宇宙)と、変わってきたもの(3 舞台装置の撤収 と4 明確な感情)の、そのまま延長線上に君の中は。は作られたんだなと思って、勝手に納得した。

シン・ゴジラと並べて「東日本大震災後の作品」ということを強調する論評 (*2) もあるし、私もそういう部分はあるのかと思いこんでいた。が、新海作品群を観たうえで、個人的にはあまり震災は関係ない気がした。ゴジラは日本の経済と政治の根底をゆさぶる災厄として描かれたが、君の中は。の彗星は、言ったらアレだが、影響は1つの町を破壊する程度であって、国家の危機でもなんでもない。

君の中は。は、新海流の物語手法が、変化のプロセスにある中で生み出された、わかりやすい恋の物語なんだとおもう。そして、秒速では叶うことのなかった恋が、おそらく叶うような可能性を観客に見せて終わるのは、それ以外にちょうどよい物語の収め方がないから、というだけのような気もした。

脳内の現場からは、以上です。

個人的には、秒速の山崎まさよしの曲が流れるエンディングが好き。 (*3)


*1

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*2

machidaneko1.hateblo.jp

*3

秒速5センチメートル 山崎まさよし 「One more time,One more chance」 by ななななみななみ - ニコニコ動画