読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

戦争のイノベーションを超えるには?

4日前、ハワイを米国のオバマ大統領と日本の安倍首相が訪れた。そして、安倍首相は、真珠湾攻撃のアメリカ側の戦没者を弔うスピーチをおこなった。ゆっくりと心をこめて、日本語で語られた不戦への思い。誠実な語り口は、アメリカの人々からも共感を得るところであったように感じる。 (*1)

先日「この世界の片隅に」を観た。太平洋戦争の最中の、広島で生きていたごくふつうの人々の日常のよろこびと、それをあっさりと奪われるかなしみを紡いだ物語である。 (*2)

そして今、アニメ「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」を観ている。宇宙に住むことが当たり前の時代になっても尚、戦争を続けてしまう人類の宿命を描いた作品である。本作「ポケ戦」では、秘密作戦に関わることになった少年アルの経験を通して、戦争の残酷さを浮き彫りにしている。 (*3)

f:id:startselect:20161231230105p:plain

政治家も、アニメーション作家も、ほとんどの人たちも、戦争が起こらない世界を望んでいる。不戦の意志をスピーチで伝えるのも、戦争の悲しみを描くのも、それを支持するのも、その意志の現れだ。人はそれぞれの立場で、戦争のない未来を望むメッセージを発している。

けれど見方を変えると、不戦のスピーチがニュースになったり、戦争の悲惨さを描く作品が観る人の心を打つということは、「戦争のない世界がすぐには実現しそうにないから」だとも言える。

戦争のない世界の実現のためには、様々な立場の人たちが、強く、はっきりとそれを目指すことを声に出さないといけない。という世界の共通理解が、この70年間で少しずつ生まれてきたのだとは思う。
だが、その未来に対する現実の歩みは、遅々としている。
哲学者バートランド·ラッセルと科学者アルバート·アインシュタインらによる、世界戦争の危機に対する強い警告から60年が経ったが、科学技術は今なお、平和のためのみに使われる気配はない。 (*4)

技術的イノベーションが起こす、個人の想像を超えていく集合体としての人類の"進歩"を私たちは目の当たりにし続けている。そして、そこから大きな恩恵を受け続けている。世界をマクロに見れば、間違いなく、数百年前の先祖たちよりも、衛生的で、命が奪われる確率が低い社会を築きつつある。
だが一方では、宗教的闘争心、ほかの民族に対する敵愾心、利権追求と独占欲、などなどの破壊や奪取を志向する感情に、新技術や強力なシステムが結びつき「武力行使に対する生産性の飛躍的向上」、すなわち戦争のイノベーションが起き続けていることもまた真理である。
結局のところ、技術的イノベーションとは、ヒトそれ自体を変えるものではなく、ヒトの意志や欲望の強化を加速しているものだ。それが良いとも悪いとも思ってはいない。そこは感情論を持ち込むのではなく、実態に即して、どうすれば望ましい方向にイノベーションのパワーを誘導できるか考えるべきだと思っている。

私は人類の未来に対して、楽観的でもあるし、悲観的でもある。どこに楽観的かというと、このブログでも再三述べてきたように「助け合うことの価値」を最大化するような仕組みが、まちがいなく人類には埋め込まれていると確信するところだ。私たちは、助け、助けられることを愛し、徹底できる。その愛の向かう範囲を、これまでにないなんらかの方法で広げることができれば、差別や排除、敵意の連鎖も断ち切れるのではないかと思う。戦争のイノベーションを回避するのは、やはりイノベーションがもたらす愛の拡張だ。
対して、どこに悲観的かというと、その実現の方法が見えてこないというところである。

といっても、楽観も悲観も、私という器の中の主観の問題なのだ。
いずれにせよイノベーションの連鎖の先に、すなわち個人の予測を超越したところに、未来が訪れる。だから、楽観視しすぎても、悲観視しすぎても、目の前の行動への踏み出しを止めてしまうだけ。まず行動することから、自分の未来は始まっていく。

助けてくれる人に、感謝の心と敬意をもつ。感動に素直になる。新しいことに挑戦して、失敗して、学ぶ。なによりもそれを楽しむ。
その思いで、また明日から、生きよう。


*1 平成28年12月27日 米国訪問 日米両首脳によるステートメント | 平成28年 | 総理の演説・記者会見など | 記者会見 | 首相官邸ホームページ

*2 全国拡大上映中! 劇場用長編アニメ「この世界の片隅に」公式サイト

*3 機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争

*4 ラッセル=アインシュタイン宣言