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日大アメフト部事件に見る、マインドコントロールとアモラル

先日、大学アメリカンフットボールの定期試合、日大-関学大の対戦にて、日大の選手が関学大の選手に悪質で危険な反則タックルを仕掛けるという「事件」があった。日大監督の指示があったという声も出ているが、問題の全容解明が進むまでにはまだ時間がかかりそうな状況だ。(*1)

試合の当該シーンの動画を観てみると、あらためて悪質というか異常性が際立つ。

www.youtube.com

この行為が、普通に考えて「反則」だけで済むはずではなく、後でどういった問題が指摘され、「勝利」どころか廃部につながりかねないだろう、というのは、ちょっと想像したら分かりそうなものである。とりわけこのスマホで誰でも撮影し、動画を共有拡散できる時代、証拠隠滅も不可能だし、この動画がネットに出たら拡散は止まらない(そして事実そうなった)。
が、実際にこんなことが起きたということは、日大アメフト部の関係者の頭にはそのような予測がまったく存在しなかったということが言えそうだ。
道徳心スポーツマンシップどうこう以前に、こんなことが世の中に知れ渡ったら自分たちの組織自体が窮地に陥るという想像がなかったということが、私としては今回の事件のなかで一番びっくりする。

ではどうして、彼らにそういう想像が働かなかったのだろうか。

「インモラル」と「アモラル」の概念から説明を試みてみたい。

以下、英語の意味に関するは記述は、”英語/C++/Python勉強サイト”の記事を参考とする。(*2)

まず「モラル(moral)」とは日本語では「道徳、倫理上の、善悪の判断がついた、良心的な」といった意味になる。
それの否定の接頭語がつくときには「インモラル(immoral)」と「アモラル(amoral)」の2つの言葉があるのがポイントだ。
どちらも日本語だと「不道徳、非常識な」となるが、英語としては使い分けの定義もできるのではとこの記事の著者は書いている。
一言で言うと、インモラルは「善悪の区別がついているのに不道徳なふるまいをする状態」であり、アモラルは「善悪の区別がつかない」と考えているとのこと。
この使い分けは非常に興味深い。

ほとんどの人間にはモラルがあり、モラルに反する行動は通常の精神状態では指示されても拒否するものである。

たとえば、「道に立っているアイツがムカつくから、後ろからタックルをかましてこい」と上司に指示されたと想像してみよう。あなたはこの指示に従うだろうか? まず従わないだろう。まず何より、何も悪いことをしていない人間に危害を加える、痛みを与える、というのは倫理観として耐えることはできない。それに加えて、この行為は暴行罪にあたると知っている。「指示を受けたから」というのはあなたが暴行することを法律が正当化してくれる理由にならないのは、明白だ(そしてこの場合、上司は強要罪に当たるだろう)。
モラルがある人は、インモラルな振る舞いを基本的にはしないのである。

しかしこれが以下のようなケースだったらどうだろうか。
あなたは同じような局面で、暴行を上司から指示された。しかし上司の言うことは絶対であり、そこに反意を示すことは、あなたにとってとてつもない不利益になる。そして上司に従うことで他に代えがたい大きな利益を得られることもある。というようなことを習慣の中で「本当に信じ込んでいる」状態になっていたとしたら、どうだろうか。あなたは果たして、その暴行を拒否することができるだろうか。
「アモラル」な、常識に照らして自らの行為の善悪の区別をつけるための認知能力がない、あるいは極度に低下した状態になっていたら、法に反する指示にも従ってしまうのではないか。
私はこれが今回の日大反則タックル事件の構造にあると考えている。

Asagei+というサイトの記事では以下のようにライターが意見を書いている。(*3)

日大の監督は単なるスポーツ指導者ではなく、日大の理事会において人事担当の常務理事という要職に就いている重要人物の一人。学生にとっては明らかな絶対権力者であり、その指示に逆らうことなど考えられません。それゆえ今回の件はもはやスポーツの次元を離れ、教育現場におけるハラスメントの問題だと認識すべきではないでしょうか。

この部分、前半に関しては同意するが、後半の「ハラスメント」という部分がちょっと本質から逸れているように思う。

ハラスメントとは、大阪医科大学セクシュアル・ハラスメント等防止委員会のHPによると以下の定義とされている。(*4)

他者に対する発言・行動等が本人の意図には関係なく、相手を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、脅威を与えること

確かに日大監督は、タックルをした日大選手に脅威、不快感も与えただろうとは思うが、それだけではその選手が暴行タックルに及ぶ理由としては不十分である。

監督が日々の練習やらなにやらの接点を通じて、いわばオウム事件のときに何度も取り上げられたような「マインドコントロール」というべき状態を生み出し、「インモラル」ではなく「アモラル」な状態を作っていったと私は考えている。だから、あれほど躊躇なく、ただの暴力としかいえない行為を、スポーツのグラウンド、それも公式戦でお客さんが見に来て、写真や動画を散々撮っているところで、平気でやってのけてしまえる下地にあると思うのだ。

ポイントはもうひとつあって、「アモラルは集団においてのみ発生する」ということだ。
(ただし、いわゆるサイコパスと分類されるような、もともと倫理観が極めて希薄な精神にある個人についてはその限りではないので例外とする)
今回のように、モラルある人間が、アモラルに転換してしまうというケースについては、集団の影響力が不可欠だ。

もっとも歴史的に分かりやすい例はナチス・ドイツであろう。第二次世界大戦のときに、ドイツ軍は何の罪もないユダヤ人を大量に、極めて効率よい殺害方法を生み出すための仮説検証を回しながら殺していった。じゃあそれに関わった人全員がサイコパスかといったら、それは割合の上でありえない。ほとんどの実行者たちは、モラルを生来的に持っていた「ふつうの」人だったはずだ。しかしそれが、集団の中で、繰り返し「マインドコントロール」されるような機会に晒され続け、そして内部で相互にその状態を強化してしまう影響力が働いて、「アモラル」になっていったのだろうと考えている。

人間のモラルは気高い。それこそ、同じく第二次世界大戦のときにいた日本人外交官、杉原千畝の行為などはまさに最たる例ではないだろうか。
彼はナチス・ドイツから迫害され、しかしヨーロッパからの脱出のためのビザを持たないユダヤ人に対して、本国の決まりを無視して、独断でビザを発給し続け、結果的に6,000人のユダヤ人の命が救われたといわれている。(*5)
彼は、日本という自分の国の同盟国であるドイツの不利益となる行為、そして母国からも許可されていない行為を、しかしながら自らのモラルとの天秤にかけて、選択し実行した。

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私達のもつモラルは、基本的には人を助けたいという方を向いている。それはそうで、「助け合いマインドセット」が活用されたからこそ、決して体力、繁殖力などでほかの人類(ネアンデルタール人とか)と比べて強いとはいえなかった現世人類は、過酷な地上を生き延びてこられたのだ。
だが、そのモラルは、なんらかの目的をもった集団が存在し、その中で権力、暴力、服従を正当化して媒介にするマインドコントロールが強力に作用してしまうと、驚くほど短期間で「アモラル」に変わってしまう。
「正義」すらも、実はアモラルに加担する。なぜなら正義とは正当性につながる。その集団に掲げる正義が、人としてのモラルと衝突することがあっても、正当性が発動してモラルを押さえ込み、集団のマインドコントロールを可能にするのだ。

マインドコントロールに染まったアモラルな集団で通用する原理原則は、モラルある人々からすると、まったく理解できない、おぞましいものになっている。そして、その集団はモラルに対する想像力が欠如する。客観的に見ておかしいだろう、ということがまかり通る。
これが、今回日大アメフト部があの反則タックルを衆人環視のなかでやってのけた背景にあると私は考えている。

では最後に。一度アモラルに染まった集団(の内部の人々)が、モラルを取り戻す方法があるかを考えてみたい。
これもまたナチス・ドイツの例になるが、ヒトラーが死に、敗戦して解体されたドイツ人が以後ユダヤ人を虐殺したことがあったかというと、そんなことはなかったのだ。つまり集団が解体され、内部のマインドコントロールを維持する構造が崩壊すれば、ひとりひとりのアモラルも取り除かれる。もちろん、一度アモラルになって、おぞましいことに手を染めたことの後悔は、一生つきまとうものかもしれないが。しかしそれはモラルを取り戻した証拠でもある。

かように考えると、日大アメフト部について、少なくとも内部構造を解体する必要があると思われるが、そのためには集団で起きたことの解明が前提となってくる。それをなしに解体したところで、きっとまた同じことは起こるだろうから。
しかし果たして解明ができるのかというと、おそらく内部の人間では無理で、外部の独立した調査の手が入る必要があると思うが、その解明までのあいだは無期限活動停止の状態に置かれるといったこともやむなしと思う。
それはなんのためかというと、もちろん次に対戦するチームが被害を受けないようにというのもあるし、もうひとつ大事なのは、日大の選手たちをアモラル状態からすぐ引き離すことだ。彼らの未来には、なんの罪もないのだから。


*1

toyokeizai.net

*2

eigo.rumisunheart.com

*3

www.asagei.com

*4

https://www.osaka-med.ac.jp/deps/jinji/harassment/definition.htm

*5

https://www.jacar.go.jp/modernjapan/p14.html