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1ヶ月毎日ブログ書く企画ではじめたブログです。

「労働」〜AIと未来について(前編)〜

AIと社会、未来について自分の今思っていることを整理する。

まず理解していること。
AIはかつて何度も研究され、そのたびに社会に広く行き渡ることなくひっそりと消えていくという、何度もの停滞期を経験している。 ただし、2012年頃からのDeep Learningの研究の成果と、そして、安価で高性能になったコンピュータの進歩によって、それまでだと届かなかったような研究、実装に手が届くようになった。
そして、GoogleFacebookAmazonはじめとするメガITベンチャーの研究、設備増強への大規模投資と、グローバルなスタートアップ・ムーブメントのなかで新しいチャレンジャーが世界中に生まれることで、事業化の波が一気に進展し、結果的に様々なところでごく当たり前のようにAIの技術を活かしたService、インフラが社会に組み込まれるようになった。
この何年かの間での劇的進展だ。

その結果、様々なことが予測、予想で語られるようになった。

[1] AIが人の労働を置き換えるので、多くの人が失職する時代が来る
[2] AIをつくり、管理する人たちに富や力が集中し、技術をもたない人たちとの富の格差は増大する
[3] 高度化するAIを人間がコントロールできなくなることで社会に持続性のリスクが生じる

このような話が多いと感じている。

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意見として、正直[3]は心配の方向が間違っていて、そんなことは起こらないと思っている。確かに私は映画ターミネーターのシリーズが大好きで、コンピュータといったらスカイネットを想像するくらいだけど、そのような「スカイネットが人類を脅かす」方向にAIの実装が進むとは思っていない。
一方で[1][2]はわりとあるだろう。たしかにいま時点ではそれらしい動きが社会に広くおきているわけではない。ゴールドマン・サックスのトレーダーはAIによって、600人から2人になったという逸話があるが、仮にそうだとしても社会全体の雇用が大きく減ったという話はきかない。あくまで、高い報酬をもらっていた人たちをAIで置き換えることができたらコスト削減になったよね、という少数の富裕層の話だと思う。それが社会の裾野に来るには遠い先で、コストの観点からはむしろ人間が優秀だから、やっぱりそっちを使う、という業界や職業も多いだろう。
だが、明らかに社会において従来型のしごとが減るという実態が、変化が遅い日本であっても15〜20年くらいのあいだには起こるようにも感じている。

そうなってくると、就職ということの意味合いも実態もまるで今までとは違うのだろう。
金太郎飴のようにみんなで同じようなスーツをきて、決まった時期に企業を回るような就活にしても、そもそも企業の方に人を雇う意思や枠が減るとすると、求職者は限られたパイを巡って競い合うのだろうか。かつての就職氷河期は一過性のものとされたが、それが永続的に続くのだろうか。

しかし一方で、国が税金を吸い上げる機能は健在なはずなので、そこからお金を回す仕事についてはなくならないともいえる。たとえば補助金が出る地方の業務とか。補助金がいいか悪いかという意味では批判は大きいが、しかし仕組みはなくならないのなら、仕事は残るだろう。介護などもそれに当たるだろう。今やなりたい人は少ないが、「ふつうのホワイトカラーのしごと」が減っていくと、結局そうではないところに雇用が移らざるを得ないのではないだろうか。

つづきはこちら。 「生き方」〜AIと未来について(後編)〜 - ギブギブン